北へ。Diamond Dust ~Met in that day~

茜木 温子

“巡り会いの引力”

A


「憧れ」


「いらっしゃい!いらっしゃい!今日はいいアジが入ってるよー!!」

季節は夏、旋花も杜宇子も予定が入ってこっちにこられなくなってしまったとの連絡が入った。私はそのことを頭の中から追い出すように元気よく振る舞っていた。

「じゃあ、それを下さいな」

老健そうなおばあちゃんが言った。

「まいどありぃ!」

勢いよく答えて、新鮮さをうかがわせる黒っぽく光る目、ふっくらして脂ののったアジを袋に入れる。このアジがホントおいしいのよねぇ・・・

「はい、どうぞ」

アジの入った袋をおばあちゃんに渡す。

「ここのお嬢ちゃんは威勢がいいですね。こっちまで元気になっちゃうよ」

「ありがとう、おばあちゃん。また来てね」

おばあちゃんを見送った直後に、

「きゃあっ!!」

悲鳴が聞こえて、そちらの方に振り返ると一人の女性が倒れていた。

「大丈夫ですか?」

起き上がろうとしているその人に走り寄る。

「ええ、大丈夫です・・・痛っ」

その人はそう言って、立ち上がろうとしたけど足首をおさえて座り込んでしまう。

「ちょっと見せて下さい・・・これは、捻挫ですね」

足首が赤く腫れていた。

「すぐに手当てしないと・・・うちの休憩所を使ってください。いいよね、お母さん」

「ああ、頼んだよ温子」

お母さんは急がしそうに返事をした。

「じゃあ肩を貸してください・・・手当てしますから」

そう言いながら、捻挫をした足の方に回り込んで体を支えて歩きだす。



「あの・・・すいません・・・ご迷惑をおかけしてしまって・・・」

休憩所に入ってすぐに私に支えられて歩きながら女性が言った。

「いいんですよ。困ったときはお互い様ですから」

私は湿布を足に貼りながら言った。

「でも、何があったんですか?」

「えっと・・歩いていたら誰かにぶつかってしまって・・それで・・・」

逡巡しながらその人は答えた。それに対して私は、

「まったく!ぶつかっておいて何も言わずに逃げるなんて、失礼な人もいたものね」

まるで自分のことのように言った。

「あの・・多分違うと思います・・逃げたのではなくて、気付かなかっただけだと思いますから」

足をさすりながらおずおずと弁明した。

「そういえば、まだ名前を言っていませんでしたよね。私は茜木 温子。字は茜空の『茜』に樹木の『木』、温泉の『温』に餃子の『子』よ」

「私は・・ええっと・・山川 澄香(やまがわ すみか)といいます・・・」

山川と名乗った女性は、やっぱりおずおずとしながら言った。

「山川さんは内地の人なんですか?」

「内地?」

山川さんは首を傾げながら聞き返してきた。

「内地っていうのは、本州のことです。知らないってことはやっぱり内地の人なんですね」

「はい・・そうです・・あの、すみません」

山川さんは顔を俯かせながら言い、続けて、

「東京の会社で働いていたのですが、転勤の通達があって一年くらい前に函館に来ました」

ゆっくりとそう語った。

「へぇ・・そうだったんですか。こっちの冬は大変だったんじゃないですか?」

「ええ・・・でもほとんど家から出ませんでしたし・・・それに、着込めばそれほど寒くなかったので大丈夫でした・・・」

遠慮がちに答えた後に立ち上がり、

「あの・・その・・もう大丈夫ですから・・・ご迷惑をおかけしてしまってすみません・・・ありがとうございました・・今度何かお礼をさせてください」

深々とお辞儀をしてから捻挫した方の足を庇うようにひょこひょこと外に向かって歩きだした。

「えっ!・・ちょっと待ってください。もう少し休んだ方がいいですよ」

山川さんは足を止め、顔だけをこちらに向けた。少し困っているような表情をしている。

「いえ・・温子さんにも仕事があることですし、これ以上構ってもらってお仕事の邪魔をするわけにはいきませんから」

山川さんは再び歩きだし、お店から出たときに、

「おや・・もう大丈夫なのかい?もっとゆっくりしてってもいいんだよ」

お母さんが山川さんに気付いて言った。

「はい・・・もう大丈夫です・・ご迷惑をおかけしました」

それだけ言って、行ってしまった。

綺麗な人だったなぁ・・落ち着いた雰囲気で、大人って感じ・・でも、ずいぶん控えめな人だったわね。

遠ざかる山川さんの後ろ姿を見ながら思った。



季節の移り変わりも早いものねぇ・・気が付けばもう秋になっているんだもの・・

秋晴れの中、空を見上げながら思う。

今日はお店の定休日、暇を持て余している私は潮の香りが漂う元町公園を散歩していた。

「はぁ・・暇ねぇ・・高校のときはあの二人と一緒によく遊んだなぁ・・・」

旋花と杜宇子のことを思い出す。それと同時に夏に会えなかったことも思い出してしまう。

「まったく・・帰って来るって言っていたのに・・・」

二人にも都合ってものがあるのはわかっている・・それでも遣り切れない思いを呟いてしまう。

そうして公園を歩いていると、黒く整ったつやのあるロングヘアーに大きめの髪留めをつけた見覚えのある人がベンチに座って本を読んでいた。

「こんにちは、山川さん」

声をかけると山川さんは本から私に視線を移し、

「あっ・・・温子さん・・こんにちは」

いつものように控え目に言った。

「いつもうちのお店でお買物してくれて、毎度ありがとうございます」

夏のあのときから山川さんは毎日のように朝、会社に行く前になると私の薦めるものを買っていってくれている。

「いえ・・私にはあれくらいのことでしか・・お礼・・できませんから・・すいません」

本当にすまなそうにおずおずと言った。

「そんなことないですって!すごく助かっているんですよ」

「そっ・・そうですか・・」

山川さんはそう言って黙ってしまう。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

長い沈黙の時間が流れる。

会話が続かないよぉ・・ものすごく気まずいなぁ・・・



ぐぅ〜〜〜っ



そんなとき、私のお腹が空腹を訴えて鳴った・・・

もう!こんなときに鳴らなくてたっていいじゃない!・・でも、少し助かったかな?

自分のお腹をちらっと見て、恥ずかしがりながらもここぞとばかりに言った。

「あの・・お腹空いてませんか?よかったら一緒にお昼でもどうですか?」

「うふふ・・ええ、よろしいですよ」

山川さんが笑ったの初めて見た・・そのきっかけがお腹の音って・・恥ずかしいなぁ、もう・・

「じゃっ・じゃあ、行きましょうか」

私はお腹が鳴ったことをごまかすために、いそいそと歩き出した。



「結局ここに戻ってきちゃいましたね」

私達はさっきまでいたベンチに戻ってきていた。

元町公園の近くにあるハセガワストアでヤキトリ弁当を買い、景色のいい場所で食べようと場所を求めていたら結局ここに行き着いてしまった。

「すいません、私が一人で買ってくればよかったですね」

そう言うと、山川さんは首を横に振り、

「いえ、いいんですよ。いつもあまり運動したりしていませんから、ちょうどよかったです」

やわらかい口調で言った。

「私、ヤキトリ弁当のことは知っていたのですけど、なかなか食べる機会がなかったのでどんな味なのか楽しみです」

ベンチに腰掛けながら山川さんが言った。

「味は私が補償します!う〜ん・・いい匂い・・私も早く食べちゃおう。いったっだきま〜す」

よだれが出そうなのを抑えながら、ベンチに座り弁当の蓋を開けた。



ヤキトリ弁当を全て食べ終え、一息ついていると、

「私、温子さんみたいに活発ではっきり物が言えるような人にあこがれちゃうなぁ」

山川さんが唐突に言った。

「えっ?どうしたんですか?いきなり・・・」

「ごめんなさい・・・でも、私・・引っ込み思案でいつも人にながされてばかりで・・転勤の事だって・・だから、温子さんみたいな人になれたらなって思うの・・・」

山川さんは私を尊敬にも似た眼差しで見つめていた。

「そんなことないですってば、私はただ子供ってだけですから・・私の方こそ山川さんみたいな大人びて、落ち着いた雰囲気の女性にあこがれているんですよ」

私は手を左右に振りながら言い返した。

「私にあこがれるなんて・・そんな・・でも・・うふふ」

山川さんは謙遜して否定したかと思うと、急に笑い出した。

「可笑しいですね。お互いまったく逆のことにあこがれて、それを否定し合っているなんて・・」

山川さんの言葉と可笑しそうに笑う、その顔を見て、私も可笑しくなってくる。

「あははははは!・・そうですよね。変ですね」

二人の笑い声が気持ちのいい秋晴れの空の下に流れていった。



ひとしきり笑い合った後、私は、

「じゃあ、これからはお互いのいいところを真似していきましょう!ねっ、澄香さん?」

澄香さんの方に向きながら言った。

「そうしましょうか。これからよろしくお願いしますね。温子ちゃん」

澄香さんは深々と頭を下げた。

「私の方こそよろしくお願いします。よ〜し、もう子供っぽいって言われないようにがんばるぞ」

意気込みガッツポーズをとる私を見て、

「私もその意気を見習って、がんばらないといけませんね」

澄香さんも、小さくガッツポーズをとった。



「嬉しい再会と複雑な再会」



冬の年明け前・・私は函館空港の到着ロビーの前にいた。

今日は旋花と杜宇子が函館で年を越すために帰ってくるの・・・

「おまたせ、温子」

旋花がこちらに向かってきながら手を振っていた。

「ひさしぶりー!」

旋花のところへ走って行く。

「ああ、久しぶり・・お互い話したいこともあるだろうけど、まずは杜宇子を迎えに行こう」

旋花が空港の出口に向かって歩き出す。

「そうね。あんまり待たせると後が怖いわね」

あの時のことを思い出し、恐怖で身震いしてから旋花の後を急いで追いかけた。



「二人とも、お久しぶりですわね」

函館駅に着くと杜宇子が険の混じった声で私達を迎えてくれた。

「ごめんね、杜宇子。ちょっと遅くなっちゃった」

ぺロッと舌を出しながら謝っても、杜宇子の顔は微笑を浮かべては入るもののどこか威圧するような感じがした。

「まあまあ、久しぶりに会ったっていうのにそんな顔するなって・・なっ?」

そんな杜宇子に旋花はなだめるように言った。

「それもそうですわね。このことにつきましては後でたっぷりとお礼をさせて頂きますから」

杜宇子はあっさりと治まってしまう。相変わらず旋花はこういうことが上手ね。

「二人とも全然、変わっていないわね」

そんな二人のやりとりを見て、なんか安心しちゃった。

「何言ってんだよ、温子。そんなすぐに変わったりするわけないだろ」

「温子さんのその幼さも全然、変わっていませんわね」

すかさず杜宇子が意地悪を言う。

「ううっ・・そういうところは変わって欲しかったかも・・・」

本当に変わっていないんだね・・よかった・・・

「じゃあ、荷物を置いたら三人の再会を祝してパフェでも食べに行こっか?」

私の提案に二人は嬉々として、

「そうですわね。そうしましょうか、もちろんお二人のおごりですよね?」

「わかってるって・・ほら、早く行こう」

旋花がそう言って歩き出した。

高校の時は当たり前だったこんな光景も、今はとても懐かしいなぁ・・・でも、今は懐かしがるよりも楽しまなくっちゃね。久しぶりに戻ってきた二人の親友との嬉しい再会を・・・



元旦、私と旋花と杜宇子の三人で初詣に行った函館八幡宮に、

「ええ〜〜!!結婚!!」

私の驚愕の叫び声が響き渡った。

「ちょっと、温子、声がでかいって・・」

旋花の声に我に返り、辺りを見回すと周囲の人々がこちらを見ている。そのたくさんの視線を避けるために場所を移してから、

「結婚ってどういうこと?」

杜宇子に聞くと、驚く私と旋花の顔を楽しそうに眺めながら、

「どうと言われましても、そのままの意味ですわよ」

さらりと言い、続けて、

「実はこちらで式を挙げるために、彼と一緒に何度か式場を探しにきていましたのよ」

淡々と言った。

「それならうちに寄ってくれてもよかったのに」

少し落ち着いてから、そう言うとと杜宇子はその質問を待っていたかのように、

「それは今日この場所でお二人の驚く顔が見たかったからですわ」

相変わらずの意地の悪い微笑を浮かべながら言った。

「それで、式はいつ挙げるんだ?」

旋花はすでに気持ちを切り替えたのか、先ほどの驚いた表情とは打って違い祝福するように笑みを浮かべている。

「三月に予定していますわ」

杜宇子が旋花の問いに嬉しそうに答えた。

「そうか・・・じゃあ、札幌に引っ越してからすぐに準備してたのか。しかし、ずいぶん早く結婚するんだな」

旋花の最後の言葉にまるでとびつくかのようにサッと向きを変え、

「私としては、もう少しデザイナーとして成功してから自分のデザインしたウエディングドレスを着てやりたかったのですが、彼がどうしてもと言うものですから・・でも、まあすでに同居もしていることですし、それに私は彼を愛していますから・・・」

だんだん顔を赤くしながら言って、最後にはうつむいてしまった。

「どうしたの、杜宇子?顔がずいぶん赤いわよ」

そんな杜宇子に、私はいつもの仕返しとばかりにからかうように言うと、杜宇子が勢いよく顔をあげた。その顔はまだ少し赤かった。

「それはともかくとして、お二人の結婚式には私のデザインしたウエディングドレスを着ていただきますわよ」

あたふたした口調で話題を変えようとしている杜宇子に旋花が、

「そうか。杜宇子の愛する彼との結婚式で果たせなかったことを私達にしてもらおうというわけか」

『杜宇子の愛する彼』の部分を強調して言うと、杜宇子は再び赤くなって出口の方に振り返り、

「そ、そうですわ。お二人が進んで申し出たくなるような素敵なドレスをつくってみせますわ・・・それより、初詣ももう済みましたし、こんな人の多いところから早くでましょう」

そう言ってすたすたと早足で歩いていってしまう。

私と旋花はお互い目を合わせてクスッと笑ってから、杜宇子の後を追いかけて行った。



二度目の親友との別れを見送った数日後に杜宇子から結婚式の招待状が届いた。

「アフィーテ函館・・・赤レンガ倉庫でやるんだ」

招待状を置き、憧れと杜宇子への羨ましさにため息をついていると、

「ちょっといいかい温子?」

「何?お母さん」

振り返るとお母さんは深刻な顔をして私を見ていた。

「明日なんだけどね。お店を休んで行きたい場所があるんだよ。それに温子もついて来て欲しいんだよ」

「明日?うん、いいわよ」

わざわざお店を休んだりお母さんが深刻な顔をしているのがきになりはしたけど私はあっさりと承諾して頷いた。



次の日、

「よう!譲ちゃん。おはよう」

家の前には車の運転をするために呼ばれた源さんがいる。これは分かる、お母さんに運転をさせるとジョットコースター以上にスリリングなことになるから・・・だけど、お母さんが卒業式の時のようにスーツを着て、私もお母さんに言われて余所行きの格好をさせられていることがわからなかった。何でだろう?

「ほら温子!早く行くよ」

そんな疑問を抱えたまま車に押し込まれ目的地も知らされずに車は進み出した。



「ここでいいんだったよなおかみさん?」

車はコンビニにある駐車場に止まる。

「ああ、ここでいいよ。用事が済むまでここで待ってておくれ」

「あいよ!」

源さんは事情を知っているのかしっかりと返事をした。

車を出てすぐにお母さんはコンビニの出入り口近くにある公衆電話からどこかへ電話をして、ニ三何かを言って戻ってきた。

「どこに電話していたの?」

少し緊張していて顔が強張っているお母さんに聞くと、

「これから向かう場所にだよ」

と、短く言って歩き出した。

しばらく無言で歩いていくうちに見覚えのある大きな旅館が見えてきた。

「あれ?ここは確か神宮司家が経営している旅館だったよね?」

「ああ、そうだよ」

ますます緊張している風にお母さんは答えた。

ここ、神宮司の旅館は私がまだ小さいときに配達についていって何度か訪れたことがある場所で今は源さんが毎週配達していて、私は鮮魚店での仕事があるからずいぶん行っていなかった。

そういえば実(みのる)さんは元気かなぁ・・・

旅館に行ったときに一緒に遊んだ男の子のことを思い出しているうちに、

「温子、何をボーッとしているんだい。もう着いたよ」

見上げると立派な佇まいの旅館が見えた。その入口の前には和服の女性が立っていた。

「お久しぶりです。数恵(かずえ)さん、今日はよろしくお願いします」

お母さんがかしこまって、色鮮やかな模様の入った着物を着た女性に挨拶をする。私もそれに続いて挨拶をする。

「こちらこそよろしく・・そちらが温子さんだね」

そう言って、私を足元から頭の先まで見回して、

「しばらく見ないうちにずいぶん大きくなって・・・これなら大丈夫そうだね」

一体何が大丈夫なんだろう?そんなことを思いながら旅館に入っていく二人を追って中に入っていく。



旅館の中に入り案内された広い和室の一室に座り、誰かを呼びに行った数恵さんを待つ。

お母さんは相変わらず緊張していて落ち着きなくきょろきょろと辺りに視線を移している。

「お母さん、大丈夫?」

私の呼びかけにわずかにびくっ、と肩を動かしてから私の方を向いて、

「あ・・ああ、心配しなくてもいいよ」

やはりいつもとは違う雰囲気のお母さんに問いただそうとしたら、

「お待たせしました」

という数恵さんの声と共にふすまが開かれる。

数恵さんが部屋の中に入り、その後ろから一人の男性がついて来てテーブルを挟んで私の斜め前方に座る。

あれ?あの男の人どこかで見たような・・・

「やあ、温子君。ひさしぶりだね」

その人が親しげに声をかけてくる。

やっぱり会った事があるんだ。

そう思って、記憶を手繰り寄せる・・・・そして、

「もしかして、実さん!?」

大きな声が部屋の中に響き渡る。

「あ・・ああそうだよ」

あまりの声の大きさに実さんは驚きながら答えて、

「確か君が中学生のとき以来だったかな?」

懐かむように言った。

中学三年のときに高校を卒業した実さんは経営者としての勉強をするためにどこかへ行ってしまって、それ以来会っていなかった。そのときの私は実さんにちょっと特別な感情を持っていて、会えないと知ったときはとても残念に思ったことを思い出した。

「さて、ではこれからのことを話しましょうかね」

にこやかな笑みを浮かべた数恵さんがそう言った。

「これから?」

その言葉に私は訳が分からず言葉を返すと、

「なんだい早苗さん。ちゃんと話していないのかい」

呆れたようにお母さんに向けて言った。そして、衝撃的な宣告を告げられた。

「温子さんとうちの実は結婚することになったんだよ」

「っ!」

一瞬、息が詰まった。そして、

「何でですか!?どうしてですか!?」

バンッ、とテーブルを叩き、怒鳴りつけるように声をあげる。

「ちょっと温子。やめなさい」

お母さんが私の肩を掴む。

「お母さんもどうしてそんな大事なこと言ってくれなかったの!?」

素早く顔の向きを変え、お母さんにも怒鳴りつける。

「えっ・・それは・・・」

私の問いかけにお母さんは言葉を詰まらせる。だけど、次の瞬間、

「落ち着きなさい温子さん。あなたのお気持ちはわかりました」

静かだけどよくとおる声で数恵さんが私を諌めた。

「事情も知らずにこんなことを聞けば動揺するのも仕方のないことでしょう。だから、こうしましょう。温子さんの心の準備が出来たら、また、このような席を設けてあらためて今後のことを話しましょう。いいですね、実?」

続けて言って、その提案に実さんも頷く。

「ですが、お互いのことを知るためにも何度かお話をする機会を設けた方がよろしいでしょうね。実の方の予定が空きましたら、そちらにご連絡しますので、その時はよろしくお願いします」

なんとか事態を呑みこみ、落ち着きを取り戻した私に数恵さんが笑みを向けて言った。



何時かの片思いの相手であった実さんとの再会・・それは嬉しかった。でも、その実さんとの結婚は正直よく分からない。あのときは突然のことで怒鳴って否定したけど・・・どうなんだろう?

家に帰る途中の車の中で、嬉しさと驚きと訳の分からないこの気持ち・・そんな複雑な思いの混じった再会は私の心を苛んだ。

つづく